base

にゃんと?!また旅

カテゴリー

youtube instagram facebook twitter

戦国の荒波を耐え抜いた「富士見」の城~富士見城〜

富士見城は長野県の佐久地方に存在した城で、築城された時期には諸説あります。

ひとつめの説は、室町時代初頭に佐久地方に存在した豪族・大井氏が、滋野氏に対する備えとして築城したとする説です。鎌倉時代に清和源氏の小笠原氏一族が、佐久地方に地頭として赴任したことで、その地名をとって大井氏を称しました。室町時代初頭には、足利尊氏と後醍醐天皇の争いの中で信濃の滋野一族が後醍醐天皇方として治め、武家側の大井氏と佐久の支配を争ったとされています。その争いの中で砦を築く必要性から築城されたという説です。

もうひとつの説は、戦国期に佐久地方の中心的な拠点でもあった小諸城の支城として富士見城が築城されたとする説です。こちらの説は、隣接の甲斐国の国主・武田信玄が小諸城を拠点に幾度も佐久地方に進出して支配した経緯もあります。武田家滅亡後は、佐久地方が真田氏の台頭と徳川氏や北条氏の争いの地になり、この城も一時は徳川氏に所属することとなります。

続く豊臣政権下においては、仙石秀久の持ち城になり、徳川幕府が樹立されると、一国一城令の発布と共に廃城となっています。

現在の富士見城は公園になっていて、「富士見」の名の通り晴れた時には富士山を眺めることができます。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

topback