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にゃんと?!また旅

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幕末、新政府軍に屈した北の拠点~五稜郭〜

現在も観光名所として知られている五稜郭は、北海道函館にあります。このお城は「箱館戦争」という、旧幕府軍と新政府軍が激戦を繰り広げた地です。

五稜郭はもともと奉行所(江戸時代に領内の行政司法を担当する役職)の移転先として建設されました。移転前の奉行所は箱館湾に近く、箱館山に登れば見下ろすことが出来たため、「攻めやすく守りにくい」奉行所の位置に危機感を抱いた堀利煕が江戸幕府へ意見書を提出し、防衛に重きをおいた奉行所「五稜郭」の建設が始まりました。建設が始まったのは1866年のことでした。

大政奉還の後、旧江戸幕府軍は、新政府による統治に抵抗する形で敗走を繰り返し、その拠点を北へ北へと移していきます。やがて本州最北端・青森に達した旧幕府軍は津軽海峡を渡り、かつて奉行所があった五稜郭を占領しました。その際、工事を行って大砲を整備し、城の外壁や濠などを補強した面影は現在の五稜郭の姿にも見られます。

1869年3月に完成した五稜郭ですが、それからわずか2ヶ月後の5月11日に始まった新政府軍による昼夜を問わない砲撃により多数の死傷者を出し、ついに5月18日、榎本武揚が降伏を宣言しました。新政府軍の砲撃の前に、立派な五稜郭も約1週間しか持たなかったのです。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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