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新たな王統の出現で廃された城~具志頭城〜

具志頭城は14世紀中頃、具志頭按司という人が築城しました。具志頭城はおよそ25000平方メートルもあり、当時存在した城の中でも、大きい部類でした。このお城は海を見下ろす断崖の上に建てられた山城であり、城下には白水川の下流の内海が広がっていました。具志頭按司はこの地形を利用して、さかんに海外貿易を行っていました。

具志頭城は沖縄本島の中で分割統治されていた3つの国のうち、「南山」の支配下にあり、「中山」の尚巴志による統一まで城が存続していた記録があります。中山王・尚巴志は南山を統一した後、自分の息子を具志頭城へ派遣しました。しかし、この城の歴史もここまでで、その後の「第二尚氏」王統の確立とともに廃城になってしまいました。第二尚氏王統とは簡単に言うと、それまでの王族の血を受け継がない人たちが新しい王族になったということです。

第一尚氏は尚思紹王を始祖とした琉球最初の統一王朝をつくりあげた王家で1406年、按司(あんじ:地方を治める役職名)だった尚巴志が中山の王・武寧を攻め滅ぼし、自分の父を王位につけたことに始まりました。その後、第一尚氏は北山王国と南山王国を滅ぼし、沖縄本島および周辺の島々を統一しました。

第二尚氏は第一尚氏の第7代国王「尚泰久王」の重臣が、尚泰久王の子に代わって王位に就き「尚円王」と名乗ったのを始祖とし、その後約400年以上に渡って琉球王国を統治しました。

現在は、第二次世界大戦中の沖縄戦で犠牲になった多くの人々を祀る慰霊碑が建てられています。展望台から一望できる太平洋の眺めは素晴らしく、
多くの人が訪れるスポットです。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画= 塗り=

※ 各記事の情報は取材当時のものです。