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出世城の異名を持つ〜浜松城〜

浜松城は徳川家康による天下統一の足掛かりとなった「出世城」の異名を持つ城です。1570年に家康が入城した際に、「馬を引くという城の名は敗戦に繋がり縁起が悪い」とされ、「曳馬城」から「浜松城」に名前を改めました。

家康は17年間をこの城で過ごしました。姉川の合戦、三方ヶ原の合戦、高天神城の攻略、小牧・長久手の戦いという有名な戦いが行われたのは家康が浜松城を拠点にしていた時期のことでした。特に1573年に起こった三方ヶ原の合戦は、家康の生涯で最大の敗戦と言われています。このとき大敗した家康は兜を脱いで家臣に化け、命からがら浜松城に逃げ帰りました。城に到着した家康は、すべての城門を開いて篝火を焚き※空城計を行います。追撃してきた山県昌景は警戒心を煽られて城内への突入を躊躇し、そのまま引き上げたと伝えられています。

その後の歴代城主の多くが江戸幕府の要職に就いたことから、「出世城」と呼ばれるようになりました。

※空城計(くうじょうけい):自分の陣地に敵をあえて招き入れ、敵の警戒心を誘う計略のこと。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=かねこ 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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