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にゃんと?!また旅

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多くの指導者を生んだ比叡山延暦寺

最澄は若い頃に中国に渡って仏教を学び、帰国後の延暦7年(788年)、現在の滋賀県大津市にある比叡山に、本尊を薬師如来とする草庵「一乗止観院(後の延暦寺)」を建立しました。

比叡山は日本の朝廷から大事に扱われ、桓武天皇から年号である「延暦」を寺号として賜わりました。

最澄はより多くの指導者や僧を育成する為に、延暦寺に12年間篭もって修学修行に専念できる教育制度を作り、この制度により多くの高僧を世に送り出します。そうした努力もあり、延暦寺は鎌倉時代以降、各宗派の礎となる人物を輩出し、日本仏教の母山となりました。

最盛期には3,000もの寺院が建ち並ぶほどでしたが、元亀二年(1571年)、織田信長による焼き討ちに遭います。その後、豊臣秀吉や徳川家の庇護、天海大僧正の奔走で再建されました。

明治時代になると、廃仏毀釈の波を被りましたが、仏教の根源的歴史を守る努力の末、今日まで持ちこたえ、昨今は外国人旅行客にも人気があります。

※はいぶつきしゃく【廃仏毀釈】仏教を排斥し、寺などを壊すこと。明治維新の神仏分離によって起こった仏教破壊運動。

 

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
絵=磯嶺裕・鈴木裕美・カタツモリ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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