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徳川幕府に廃された「戦国」の城~一宮城

一宮城は1338年に小笠原長宗によって築城されたと伝わる徳島県内で最大級の山城です。

その後一宮氏の山城として整備をされていたのですが、戦国時代に入ると長宗我部元親の侵攻を受けて、元親の城となりました。
豊臣秀吉の四国征伐時には、秀吉の弟の豊臣秀長と高知の大名で四国に大きな勢力を持っていた長宗我部元親との戦の舞台となりました。
県内屈指の大きさを持つ城でしたし、山城として堅固な要塞でもあったので、これを落とすにはかなりの戦力が必要となったようです。
戦は激戦だったようです。
秀長と元親の戦は最終的には秀長が勝利して、豊臣秀吉側が領地を獲得したこととなりました。

その後、秀吉配下の蜂須賀氏が阿波に封ぜられ、蜂須賀家政が一宮城を居城としました。
蜂須賀氏はやってくるとすぐに、城の整備をはじめていきます。
そして、その翌年には家正は徳島城に移り、徳島城の支城として家臣に守らせたようです。
一宮城を含めて蜂須賀氏の勢いを示すものとなっていました。

やがて徳川政権となると、この戦国の荒々しさの象徴にような城は不要ということで、廃城の命令が下り、廃城となりました。

今でも城の跡が残っていて、かなりの規模のお城であったことが伺えます。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 ラフ=かねこ 線画=かねこ 塗り=かねこ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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