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北条氏に反逆した泉小次郎親衡が築いた〜飯山城〜

飯山城は長野県飯山市にあった平山城です。このお城は千曲川左岸に築かれており、千曲川の水を引き込んだ堀で囲まれた本丸、二の丸、三の丸、西の丸の四つの建物があったとされ、千曲川に沿って繋がる谷街道と、上越に繋がる富倉街道が分岐する場所に位置することから、街道を管轄する働きもしていたと考えられています。

飯山城の築城時期は、一説によれば鎌倉時代、執権・北条氏との軋轢からこの地に下ったとされる泉小次郎親衡が築いたともいわれています。泉小次郎親衡は、1211年頃、2代将軍・源頼家の遺児である千寿を擁して、執権・北条義時に謀反を計画しており、その後、1213年に謀反が発覚すると親衡は行方をくらましたとされています。しかし親衡の子孫の泉氏はその後、この一帯を支配する地域勢力に成長していました。

戦国時代も進み、上杉景勝と武田勝頼が和議を結ぶことで、飯山地方は武田に割譲されました。

武田氏が滅亡した後は、一度織田勢力に占拠されるものの、本能寺の変の後には織田勢力が信濃から撤退するとともに、上杉方の武将が城代として配され、城の改修とともに城下の整備が進められました。その後、天下を統一した豊臣家による支配が行われ、徳川家の代には本多氏が10代に渡って居を構え、明治維新による廃藩後の破却・消失を経て現在に至っています。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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