蘇我馬子のお墓とされている「石舞台古墳」


蘇我馬子のお墓とされているのが石舞台古墳です。
蘇我馬子は「聖徳太子」として有名な厩戸皇子の大伯父さん(曾祖母の兄)です。また、馬子は
大化の改新(乙巳の変)で討たれた蘇我入鹿のおじいちゃんでもあります。
馬子は蘇我氏の全盛期を築いた人物で、そのお墓は長年見つけられなかったのですが、最近になってようやく発見されたのが、石舞台古墳です。ただ、馬子の墓といわれているものには、石舞台古墳のほかにもいろいろとあり、確定的なものがないのが現状です。
馬子が生きていた飛鳥時代は歴史が古く、当時は紙も貴重なものでしたから、資料が残りにくかったという事情もあります。
馬子は当時天皇を凌ぐともいわれる権力を持っていたとも言われます。
息子と孫が天皇家に討たれたため、長年なにかと極悪非道の評価にありましたが、仏教の教えを本格的に日本に広めていこうとした最初の人物でもあり、日本の仏教の礎的な存在でもあります。
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