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名古屋城を護る尾張四観音のひとつ「甚目寺」

徳川家康が名古屋城を護る鎮護と定めた尾張四観音のひとつが、愛知県あま市の甚目寺です。

伊勢甚目村の龍麿という人が、現在の甚目寺がある場所の東南の入り江で魚を捕っていたところ、網に黄金の聖観音像がかかり、よろこんだ龍麿は入り江の北にお堂を建て、観音像を安置しました。このとき、自分の姓氏をとり甚目寺(はだめでら)となったと伝わります。

現在、聖観音は本堂に安置される十一面観音像の胎内仏(たいないぶつ:仏像の胎内に納められた小さい仏像)で50年に1度開帳されます。このことより「甚目寺観音」と呼ばれています。

1610年、徳川義直が名古屋城を築城し、清須越えによって城下町を整備した時に名古屋城守護のため、四観音「甚目寺(北)・笠寺(南)・龍泉寺(東)・荒子(西)」を鬼門にあたる4つの方角に設定しました。城から見て、その年の恵方(えほう:暦にある「歳徳神」の住む方位)にあたる観音は恵方観音と言われ、参拝すると強いご利益を得られる「恵方参り」として城下町の商人に推奨しました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 ラフ・線画=夢山紗也佳 塗り=にゃんまげどん

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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