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伊達家の家老が居住した南国の城~河後森城〜

愛媛県に城跡をとどめる河後森城は、築城の年代は不明ですが、戦国時代の1500年代後半にかけて、この地方の重要拠点となっていた山城のひとつです。かつて伊予と呼ばれていた愛媛県と、土佐と呼ばれていた今の高知県の境にあった河後森城周辺地域は、黒土郷河原渕領と呼ばれていました。

戦国時代、長宗我部氏の四国統一期を経て、豊臣秀吉によってこの地の支配者だった長宗我部氏も服従を強いられることになります。

河後森城を藤堂高虎が治めていたころ、城の天守が板島城(現在の宇和島城)に移築されたという伝承が残されています。それが本当であれば、往時の河後森城の姿を宇和島城でしのぶことができると言えます。

1614年、伊達政宗の長男の秀宗がこの地の領主となり、宇和島藩が生まれます。宇和島伊達家と呼ばれました。その後、伊達家の家老・桑折氏(こおりし)が河後森城に入ったと伝わりますが、翌年の1615年には、一国一城令によって廃城になったようです。

戦国乱世の東北から温暖な四国へ移り、そこで太平の世を迎えた桑折氏には、さまざまな思いが去来したことでしょう。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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