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にゃんと?!また旅

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琉球王国の内乱で滅びた城~阿麻和利と勝連城〜

北山・中山・南山の三王がにらみ合っていた中世の沖縄本島は尚巴志により統一されましたが、まだ地方の諸侯の力が強く内乱が絶えませんでした。そんな中、最後まで国王に抵抗したのが阿麻和利でした。阿麻和利は今の読谷村出身で、言い伝えでは10歳になっても歩けないほど身体が弱く、山に捨てられた子だったそうです。

その後、成長した彼は勝連の茂知附按司(もちづきあじ)に仕え、やがて圧政を敷いていた主を倒して勝連城の主となります。彼は人々からの信任が厚く、積極的に東アジアとの交易を行い、技術を取り入れていきました。
琉球王国の6代目国王・尚泰久は、自分の娘百度踏揚を彼の嫁に与え、彼は王の娘婿の立場になりました。これにより阿麻和利の評判は更に上がりましたが、王族である尚氏はひそかに彼を滅ぼす策を練っていきました。

そして1458年、これまた有力者であった護佐丸が首里城を攻めようとしているとして阿麻和利を総大将とした軍を派遣し、護佐丸を王権への忠義の証として自害させます。
阿麻和利は自ら首里城を攻める野望を持ちましたが、妻の百度踏揚がこのことを父親である王に告げ、阿麻和利は首里から派遣された軍勢によって滅ぼされ、勝連城も廃城になってしまいました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 ラフ=かねこ 線画=かねこ 塗り=かねこ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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