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にゃんと?!また旅

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河上安勝の攻撃で落城した〜川之江城〜

現在の愛媛県にある川之江城は、南北朝時代の1337年に、南朝側に属する土肥義昌がこの地に砦を築いたのが始まりです。

ここは四国の伊予・阿波・土佐・讃岐の四つの国を結ぶ交通の要所となる地で、もともと仏閣が建てられていましたが、それを土肥義昌が川之江城として城郭機能を持たせたものです。仏閣が存在したことで別名「仏殿城」とも呼ばれ、鷲尾山の山頂に存在する山城として整備されました。

川之江城は、土佐の長曾我部氏が台頭し、妻鳥采女が長曾我部氏に内応したことで河野氏配下の河上安勝によって落城してしまいました。以降、川之江城は河上氏が治めることとなりますが、
豊臣秀吉の四国平定が行われると城主が目まぐるしく変わり、最終的に加藤嘉明が城主になった時に廃城となりました。

1636年に一柳直家が川之江の地を拝領した際に新しい川之江城の築城に着手しましたが、
一柳直家自身が死去してしまったことに伴い、領地自体が没収され、そのまま徳川幕府の天領となり、廃城されたままの状態でした。

1984年から公園として整備され、本丸跡に天守、堀、石垣などが復元されました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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