base

にゃんと?!また旅

カテゴリー

youtube instagram facebook twitter

ねねの秀吉への思いがこめられた「高台寺」

豊臣秀吉の正室である北政所は秀吉の1598年の病死後、秀吉を弔うため、京都市東山区に高台寺を建立しました。高台寺は曹洞宗の寺院として1606年に創始されました。徳川家康から豊臣家へ、政治的配慮による多額の援助を受け、寺観は壮麗を極めたといいます。1624年に曹洞宗から臨済宗に改宗しています。

創建当時の高台寺には伏見城から移築した茶室があり、門前には伏見城の化粧御殿が移築されていました。これらは、ねねにとって秀吉との思い出深かった場所だったので、2人が恋愛によって結ばれた仲であったことが伺えます。政略結婚がさかんであった戦国時代において、このような恋愛結婚は珍しかったといえます。

ねねは高台寺の西側にある※1塔頭の圓徳院で余生を送り、ここが終焉の地とされています。ねねの霊が祀られている霊屋には美しい蒔絵が施された階段や厨子が残されています。これらの蒔絵は広く世に知れ渡り、同じように作られた蒔絵が一般的に「高台寺蒔絵」と総称されるようになりました。

幕末に新選組から離脱した※2御陵衛士が高台寺を※3屯所としていたこともあります。

※1 塔頭(たっちゅう):禅宗にて祖師や門徒高僧の死後、その弟子が師の徳を慕い建てた塔や庵などの小院を指す。

※2 御陵衛士(ごりょうえじ):孝明天皇の陵(墓)を守るための組織。高台寺党とも。

※3 屯所(とんしょ):兵士が詰めている所。駐在所。陣所。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=カタツモリ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

topback