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東海特有の土器・S字甕が長野の「弘法山古墳」で出土!?

弘法山古墳(こうぼうやまこふん)は、長野県松本市南東部の標高六百五十メートルの弘法山の山頂に位置する三世紀末期に築造された東日本最古級の前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)であり、中山古墳群(なかやまこふんぐん)の中の北尾根グループに属する古墳です。

弘法山古墳の墳丘の周りには埴輪(はにわ)が並べられていないのも特徴です。

埋葬施設は、松本市内の田川や梓川、奈良井川、薄川などの川原石を用いた深さ1メートル、全長5.5メートル、幅1.5メートルの竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)であり、石室内からは鏡、鉄剣、コバルトブルーを主体とした七百点を越えるガラス小玉、等が出土しています。

多種多様な三十個以上の土器が後方部墳頂に存在していたとされ、S字状口縁台付甕(えすじじょうこうえんだいつきがめ)が出土した事から弘法山古墳は濃尾地方(のうびちほう)の有力者と交流のあった首長の墳墓とされています。

(コマ外注釈→「※S字状口縁台付甕:2世紀前葉から6世紀前葉にかけて、伊勢湾沿岸部を中心に分布する甕(かめ)」)

一九七四年には、本格的な調査を行ったことはなく、すでに破壊されてしまった円墳(えんふん)と思われていましたが、翌年に調査を開始したところ、それまで松本平(まつもとだいら)にはないとされてきた前方後円墳ではないだろうかとの疑いが生じました。
ところが、更なる調査の結果、古墳は前方後円墳ではなく、当時では県下唯一の前方後方墳である事が判明。
その上、石室上の出土品から、この古墳が、長野県のみならず、当時、東日本最古であることが判明し、一躍学会の注目を浴びました。
一九七六年、他に類を見ない短期間で史跡指定を受けた事からも、弘法山古墳のもつ重要性をうかがうことができます。
(上記参考:http://takara.city.matsumoto.nagano.jp/national/016.html)

現在、お花見シーズンになると、前方後方墳の廻りに約4,000本の桜が咲き誇ります。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 ラフ=鈴木裕美 線画=鈴木裕美 塗り=カタツモリ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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