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にゃんと?!また旅

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八百比丘尼入定の地「空印寺」

人魚の肉を食べてしまい不老不死となった八百比丘尼の伝説は、全国各地に残っています。その伝説の中心地とされているのが現在の福井県小浜市です。出家をして800歳まで生きた八百比丘尼は、別名白椿山とも呼ばれる後瀬山の山中につくられた庵で生活をしていました。そして最期は空印寺にある洞窟にて入定、亡くなりました。

八百比丘尼が若狭の国の長者の家に生まれたのが654年、16才になるころ不老不死になり120歳で出家をしてから諸国行脚の旅に出て、御仏の教えや生活をしていくために必要な農業や算術などを人々に教えていきました。そして、1449年に生まれ育った小浜に戻りました。

空印寺はもともと小浜藩主である京極高次の子の京極忠高が父の牌所とし泰雲寺として建立した寺です。その後、老中・大老を勤めた酒井忠勝が入部し
2代忠直が空印寺と改めました。京極高次は1609年に没したので、寺ができたのはそのころです。八百比丘尼が小浜に戻ってからも空印寺の洞窟に入定するまでに百数十年は生きていたということになります。

この洞窟はかつては丹波の山中まで通っていたというのですが、現在では奥行きは5メートルほどです。洞窟の入口には椿と数珠を持った八百比丘尼の石像が置かれています。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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