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海賊の配下が築いた城~櫛崎城〜

櫛崎城は、藤原北家の一族でありながら海賊として果てた藤原純友の配下・稲村平六景家が、940年に、現在の山口県下関市に築城したと伝えられています。別名「雄山城」または「長府陣屋」とも呼ばれています。

櫛崎城が築城された時代はさまざまな政治動乱が多く起きていて、代表的なものとしては、学問の神様で知られる菅原道真が太宰府に左遷された「昌泰の変」、延喜の荘園整理令、関東の平将門と瀬戸内海の藤原純友による「承平天慶の乱」、朝廷では皇位継承者争い「安和の変」で藤原北家の他氏排斥が完了し、藤原道長・頼通父子による摂関政治がピークを迎えていました。

長門国(現在の山口県付近)は、朝廷が任じた郡司が統治し、後に平清盛がこの地の統治を任せられています。

1600年、毛利隆元の嫡男・輝元が豊臣方(西軍)の総大将として関ヶ原の戦いに臨んだため、毛利氏は西軍の敗戦を受けて周防国と長門国の二か国に減封となり、毛利秀元が櫛崎城を居城として再築しますが、
1615年の江戸幕府による「一国一城令」によって廃城となりました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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