base

にゃんと?!また旅

カテゴリー

youtube instagram facebook twitter

今川・武田による駿河動乱に翻弄された〜丸子城〜

静岡市駿河区にある丸子城は、眼下に東海道を見下ろす険しい地形にあり、土塁や塀で取り囲まれた天然の山城でした。築城された年については詳しくわかっていませんが、東海道が近くを通っていることから、南北朝時代初めの今川氏支配の頃から城があった可能性が高いと言われています。

丸子城は、室町時代の今川家の有力家臣の1人、斎藤安元の居城でした。「宇津山記」という書物の中では、斎藤安元が丸子城を拠点として周囲の土地を治めていたと記されています。丸子城のうち、北城は斎藤安元が整備しましたが、南城は駿河の防衛のために今川氏が整備しました。

1568年、今川氏と断交した武田信玄によって駿河国が制圧されました。この時、駿河西部を今川氏から守るために、武田家有力家臣の山県昌景がこの城に入城しました。今川氏が外敵から領地を守るために整備した城が、今度は城を占領した武田のために役立ったというわけです。

続く1575年の「長篠の戦い」に敗れた武田氏は弱体化しました。そして1581年、徳川・織田氏の猛攻による高天神城の落城を見て、武田氏は丸子城を徳川氏に明け渡して退去しました。以降、この城は徳川氏に属する城となりました。

その後、徳川氏は豊臣秀吉により関東への国替えを勧められたことに伴い、丸子城も廃城となりました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=カタツモリ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

topback