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明治維新の波に消えた〜松前城〜

松前城は北海道の南端部分にある城で、青森県の津軽半島が見える位置にあり、1606年に「福山館」の名で築城されました。その後、火災での消失や修築を繰り返し、1849年に松前藩十七代藩主の松前崇広が城主となりました。

この頃の日本は外国船籍が頻繁に訪れる時代で、江戸幕府は海防強化の必要性に迫られ、特に北海道にはロシアの船が姿を見せる様になっていました。そこで幕府は、北方警備や津軽海峡の警備強化のために、松前崇広に城の新築を命じました。その際、場所の候補はいくつかあったようですが、元々あった城を拡大改築し「松前城」として警護の任務に使用することとなりました。

その後、江戸幕府の勢力は徐々に衰え、「鳥羽・伏見の戦い」が起き倒幕軍が優勢になり、ついに戊辰戦争が勃発し、その戦火はしだいに北上して蝦夷の地までやってきました。そして、元新選組の土方歳三が約700人ほどの軍勢を率いて松前城を攻撃しました。

松前藩も防戦に最善を尽くしましたが、わずか数時間で落城してしまったのです。短時間で落城した理由は、城の構えがあまりにもろく、旧幕府軍軍艦の砲撃に耐えられなかったからと言われています。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=海示 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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