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にゃんと?!また旅

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最上騒動のあおりを受けて廃された城~小国城〜

小国城は、現在の山形県最上町の絹出川沿いの丘陵にあった山城です。この地域は小国郷とも呼ばれ、築城された時期は不明です。戦国時代もおわりに近づいた頃、この地を治めていた細川直元が、館を築いて拠点としたのが始まりとされます。

当時の山形市周辺は最上氏が治めていて、最上義光が当主として君臨していました。義光は破竹の勢いで天童氏を滅ぼし、1580年には小国郷に攻め込み、細川直元は万騎ヶ原で迎え撃つも敢え無く討ち死にしてしまいました。細川直元が死んだことで事実上、この地は最上氏のものとなり、義光氏の家臣である蔵増光忠に与えられた後は、館を改修して小国城と改名されました。
なお小国城の誕生に合わせて城主の蔵増光忠は小国光基と改名し、それ以降もこの小国氏がこの城を治め続けました。しかし、最上義光が亡くなった後に家督を相続した最上家親が若年で不自然な形で死去すると、お家騒動が勃発してしまいました。

1622年に最上氏が改易されることで最上氏のお家騒動は決着を見ましたが、最上氏が改易されてしまったことで、家臣の小国氏も佐賀藩の鍋島家に預かりの身となり、小国城はそのまま廃城となってしまいました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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