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東日本最大の前方後円墳「太田天神山古墳」

群馬県太田市にある太田天神山古墳(おおたてんじんやまこふん)は古墳時代中期の五世紀前半から中頃に築造された前方後円墳です。
東日本では最大の大きさで、男体山古墳(なんたいさんこふん)とも言われています。

古墳本体の発掘調査はされていませんが、既に盗掘を受けている可能性が高く、古墳時代中期に見られる長持形石棺(ながもちがたせっかん)が使用されている他はほとんど明らかになっていません。

この石棺はヤマト王権ヤマト政権のあった畿内王墓特有の形のため、被葬者とヤマト王権ヤマト政権は強い繋がりがあったと推測出来ます。

太田天神山古墳の近くには女体山古墳(にょたいさんこふん)と名付けられた、帆立貝形古墳(ほたてがいけいこふん)としては日本で二番目に大きい古墳があり、築造年代に違いはあるものの恐らく対になるよう作られたと見られています。

太田天神山古墳のある上毛野(かみつけの)地域は五世紀前半まで東西で首長の支配地域がわかれていたことが推定されています。
この古墳の被葬者がヤマト王権ヤマト政権の後ろ盾を得て地域の単独支配を確立したものと位置付けられています。
ただし上毛野全域を支配でき、太田天神山古墳のような巨大な前方後円墳を作れたのはこの被葬者一代限りで、その後はまた古墳が多々築造されていることから各地域に同規模の豪族が首長として台頭したのだと想定できます。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 ラフ=鈴木裕美 線画=鈴木裕美 塗り=カタツモリ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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