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日本のミケランジェロ・石川雲蝶の飛躍のキッカケとなった「西福寺」

新潟県魚沼市にある西福寺は室町時代後期に開山し、1852年、開山芳室祖春や宗祖道元を祀るため開山堂が建てられました。開山堂の内外には「日本のミケランジェロ」と例えられる江戸の名工、石川雲蝶の彫刻や絵画が残されています。

当時の住職が雪深く貧しい農村地域の人たちのために、心のよりどころを建てたいという前の住職の志を受け継いで、石川雲蝶に彫刻を依頼しました。西福寺に作品を施す前から、寺や神社に彫刻を施して大活躍していた石川雲蝶のうわさを知った住職は、魚沼に石川雲蝶を招き入れ、西福寺の開山堂にかける仏道心を語り、想いを酌んだ石川雲蝶が、彫刻として完成させた作品です。

なかでも堂内の「道元禅師猛虎調伏の図」という大彫刻は、雲蝶が6年かけて作ったとされ天井三間四方(約5、5メートル四方)全面という大きさと繊細な透かし彫りとあざやかな極彩色で大変見事なものです。

石川雲蝶は、30代に入り、越後にやってきました。20代で江戸彫刻を極め、寺社に数々の彫刻を制作しています。39才の時に、西福寺の開山堂の彫刻をはじめ、わずか5年で、彫刻絵画漆喰などの大作を仕上げています。

石川雲蝶は子宝に恵まれ、仕事も充実しているということがわかります。西福寺の開山堂の大作を仕上げ、大変な評判になったことをきっかけにあちこちから依頼されるようになり、越後の名匠と育っていきます。西福寺とは縁が深く、その後も山門の門扉の彫刻や仁王像、地蔵や襖絵など数々の作品を残し、名実ともに認められ、日本のミケランジェロと呼ばれるようになりました。

これらの石川雲蝶の作品は新潟県文化財に指定されており、その彫刻の見事さから越後日光開山堂ともよばれています。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=かねこ 塗り=うみにゃ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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