base

にゃんと?!また旅

カテゴリー

youtube instagram facebook twitter

伊達政宗の名参謀・片倉小十郎が眠る「神明社」

宮城県白石市の中心にある益岡公園の中、白石城の裏手に神明社はあります。

神明社は807年に坂上田村麻呂が建てたと伝わっており、代々領主である藤原秀衡や蒲生氏郷・長尾景勝などから崇拝され庇護されてきました。

伊達政宗が戦によって白石城を攻め、その戦で先鋒だった片倉小十郎=片倉景綱に白石の土地が与えられます。その後、片倉家の崇敬する神社となり、片倉家によって社殿の管理や修復が行われるようになりました。天照大御神(アマテラスオオミカミ)をお祀りしており、伊達政宗と片倉小十郎景綱が合祀されています。なお、政宗公の神号は武振彦命(たけふるひこのみこと)、景綱公の神号は奇敏鎌刈田彦命(くしとかまかったひこのみこと)です。

政宗の自身の右目をえぐり取ったり、「主君の子より先に生まれる我が子を殺す」と言ったりと、小十郎の行き過ぎとも取られる深い忠誠によりさまざまなエピソードのある2人が同じ神社に祀られているのです。

宮司を代々務めている佐藤家はもともと片倉家の臣下でした。神明社は荘厳で凛とした佇まいの雰囲気があり、白石市内の人はもちろん多くの人々が参拝しています。片倉家と白石の人々に寄り添ってきた歴史ある神社なのです。

明治時代に起こった大火で社殿は焼失してしまい、現在の土地に移転し新たに本殿を建てたり拝殿が造営されました。現在の社殿の形は昭和に改築したもので、拝殿の前にある神社山門は、伊勢神宮の第60式年遷宮の際に解体された「内玉垣御門」の下賜せられたもので作られています。

神社の境内には江戸時代、京都にある北野天満宮から分霊を受けた天満宮があり、受験生などの参拝者が多い神社です。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=鈴木裕美 塗り=にゃんまげどん

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

topback