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上杉謙信が祀られる別格官幣社「上杉神社」

上杉神社は、山形県米沢市にある神社です。米沢城本丸跡は舞鶴橋、謙信公の軍旗がある参道の奥にあります。上杉神社は1876年、上杉謙信、上杉鷹山を祭神として建てられました。上杉謙信は戦上手として有名でした。川中島での武田信玄との戦は特に有名です。

軍旗の「毘」:毘沙門天(戦の神さま)のこと、「龍」:別名「懸かり乱れ龍」とも呼ばれ、不動明王のことです。

 

彼は49歳で亡くなり、遺骸は甲冑を纏った姿のまま瓶に入れられ漆で固められたと伝わっています。その瓶は上杉家が米沢に移ってからも、米沢城本丸の南東隅にあった御堂に安置され、歴代藩主の位牌と一緒に手厚く祀られていました。

明治時代の神仏分離令によって城内から廟所(祖先や貴人の霊を祭った場所。墓場。)へ移された時に謙信の霊魂を神式でお祀りするため大乗寺の僧たちは還俗(僧が僧籍を離れて、俗人にかえること。)して神官となりました。

米沢藩中興の名君である上杉鷹山(江戸時代中期、米沢藩の第九代藩主)を併せてお祀りし、「上杉神社」となりました。上杉鷹山は財政難に陥った米沢藩を立て直した功労者でもありました。

「なぜば成る なさねば成らぬ 何事も」の言葉は今でも米沢市民に親しまれています。

その後、別格官幣社(神社の格式の一つ。国に功労のあった人をまつる。)により、再び謙信のみを祀ることになりました。境内には宝在心(ほうざいしん)という上杉謙信作とされる心の在り方と人の言動、態度などの関係を十六ケ条にわたって記した石碑があります。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=鈴木裕美 塗り=にゃんまげどん

※ 各記事の情報は取材当時のものです。