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にゃんと?!また旅

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晩年の伊達政宗が過ごした若林城

伊達政宗といえば、独眼竜や仙台藩としても有名ですが、彼が築いた城は実は二つあります。
一つは関ケ原の合戦のすぐ後に築城した仙台城です。この城は敵対する上杉氏をけん制するための重要な拠点でした。
もう一つは晩年を過ごしたといわれている若林城です。
この若林城は伊達政宗の世嗣である忠宗が1625年に仙台に入国を許された後、政宗と交代で参勤することになります。

しばらくは仙台上にいた伊達政宗ですが、若林屋敷と称して若林城の造営許可を幕府に申し出たのは翌年1626年2月のことでした。
二年近くに及ぶ難工事の末に、1628年11月に完成した屋敷に移ると、伊達政宗はほとんど仙台城へ姿を見せなくなります。
彼はあくまでも屋敷と呼んでいましたが、周りからは若林城と呼ばれていました。
それは屋敷の周りに親しい家臣の屋敷を作ったり、商人などを住まわせ、さながら城下町のような街づくりを行ったからです。

結局1636年に亡くなるまでの八年余りをこの城で過ごすことになります。
また彼は江戸へ最後に出府した際に、若林城は廃城として埋め戻すこと、堀の一部は残しておくことと遺言し、その後政宗は江戸藩邸で70年の生涯を閉じました。
彼の死後、後を継いだ二代目忠宗によって廃城となり、城内の建物は仙台城へと移築され、その後は若林薬園などに利用されました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 絵=磯嶺裕・かねこ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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