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にゃんと?!また旅

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大名として生き残った安東氏の城~脇本城〜

安東一族は鎌倉時代から陸奥国や出羽国など、当時の東北地方に勢力を伸ばしていました。そんな安東一族が長年居城としていたのが脇本城です。脇本城は秋田県男鹿市にあり、男鹿半島にある生鼻崎の山に築かれ、周囲を海が取り囲む天然の要塞となっています。

安東一族は当時、陸奥国(東北地方太平洋側と青森県)を中心に活動していた「檜山安東氏」と出羽国(秋田県と山形県付近)を中心に活動していた「湊安東氏」の二つに分裂していました。

湊安東氏に後継となる人がいなかったので、ふたつの安東氏は統合され、檜山安東氏の当主だった安東愛李が湊安東氏を継承し、1577年に居城を脇本城としました。しかし、愛李が居城としてからわずか3年後、秀吉の奥州仕置により居城は湊城に移され、代わりに脇本城は廃城となりました。

その後、安東氏は秋田氏へと名を変え、関ヶ原の戦い、大坂夏の陣、冬の陣、それらによる相次ぐ常陸宍戸藩(今の茨城県笠間市)・陸奥国三春(今の福島県三春町)への国替えなどもあり、一時はお家取りつぶしの危機さえあった中、幸運にも江戸時代のおわりまで大名としての地位を保ち続けました。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 線画=夢山紗也佳 塗り=ツグイワチホ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

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