base

にゃんと?!また旅

カテゴリー

youtube instagram facebook twitter

琉球版「築城の名手」が作った城 ~護佐丸の座喜味城

1416年、中山の尚巴志(しょうはし)が北山に軍を送り込み、北山を滅ぼしました。
その際に護佐丸は総大将として出陣していました。

尚巴志は平定した北山を監視下に置くため、護佐丸を北山守護職に任命し、その要所である場所に座喜味城の築城を命じます。
建設地は赤土の弱い地盤だったにも関わらず、護佐丸はもとの居城を崩して石材を運ばせ、石積みの工夫により強度を確保し、さらに曲線美をも備えた城を作り上げたことで「築城の名手」として名をあげました。

護佐丸は完成した座喜味城に居を構え、尚氏六代の王に仕えて琉球王朝を支えました。その後、護佐丸が中城城に居を移すと、座喜味城はその役目を終えました。
戦後アメリカ軍の施設を建設するために一部の城壁が取り壊されましたが、現在は復元されています。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
 コンテ=磯嶺裕 ラフ=かねこ 線画=かねこ 塗り=かねこ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。

topback