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仙台藩、政庁の象徴~伊達政宗の仙台城~

伊達政宗は幼い頃に右目を失明した事から「独眼竜」として広く知られています。その人生は若い頃から壮絶で、母親から毒殺されかけたり、敵方に拉致された父親を敵もろとも鉄砲で射殺する(※いずれも諸説あり)等のエピソードが言い伝えられています。天下の野望に燃える武将であったとされるのはこういった経緯があったからかも知れません。

関ヶ原の戦いを経て、当時の権力者である徳川家康の許しを得て「千代」と呼ばれていた地に移り住みます。政宗は「仙台」を「仙台(仙人が住む地)」と改めて城を築き、晩年は仙台の発展の礎となった事から、地元では非常に愛されています。

仙台城は戦国も終わりに差し掛かった当時としては数少ない山城であり、さながら要塞のようだったとされています。その事により、徳川幕府政権下の泰平期となってからは、本丸がある山から麓への往来が不便だったようで、当時の伊達家当主であった伊達忠宗によって平坦な土地に城が増築され、以後伊達家はそこで政務を執り行う事になりました。

仙台城は泰平の世には不向きであった山城でしたが、本来の城としての役割は防衛である事を踏まえると、山城は攻め難く守り易いため、城を守るという意味では理にかなっていると言えます。

実際にスペインの貿易商人であるセバスティアン・ビスカイノが来日した際、仙台城を「日本で最も勝ち、最も堅固な城である」と評しています。外国人の視点から見ても優れた堅城だったようです。

取材・記事・編集=磯嶺裕・佐々木ひろこ・やすざえもん・ms-work(ミューズワーク)
絵=磯嶺裕・かねこ

※ 各記事の情報は取材当時のものです。